2016年9月19日月曜日

女川の復興に想う、「だれもおいてけぼりにしない」こと

こんにちは!ハビタット・ジャパンの稲垣です。先日、以前に宮城県女川町に縁のある、私にとっては懐かしいお二人とお話しする機会がありました。復興について、支援についてあらためて考えるきっかけになったので、ここで共有しますね。

私は2011年夏から2年間、宮城県に駐在し、復興支援事業を担当していました。未曾有の災害が起きた場所で、復興が何を意味するのか、ひとつの団体で何ができるのかわからないまま、ただ必死に、目の前のできることをなんとか進める毎日でした。そんな中で出会ったのが、八木純子さんです。

八木さんは、女川町の小さなコンテナで、地元のおばあちゃんたちと布草履を作っていらっしゃいました。聞けば、自らも被災し、避難所で小さなお子さんを抱えるお母さんたちを支えることからはじまり、その後も色々な形で、周囲の人たちを助けているとのこと。八木さんの元には、ボランティア、支援団体のスタッフ、地元の方たち、色々な人がやってきて、とにかく忙しそうで、パワーのある人だなぁと圧倒されてしまいました。忙しい中たくさんのお話をしてくださり、ついには、八木さんが育ったご実家まで連れて行ってくれました。その家は、津波被害が大きかった女川高白浜のすぐ横。その時には、周りには他に何の建物もなく、工事車両がたくさん置いてあるだけでした。海の目の前なのに、奇跡のように残った建物。ボロボロだけど、傾いてもいない。2階には、少しだけど家具や小物が残っていて、八木さんが育ったころの空気もまだ漂っているかのようでした。窓を開ければ絶景の海!この建物と八木さんのパワーがあれば、ここにどんどん人が集まってくるように感じました。八木さんもそれを願っているようでした。ついその場で、建物を直す提案をしてしまいました。

そこからは、もうそうなることは決まっていたように、話が進みました。ハビタットだけではどうにもなりません。様々な人たちの助けを得て、本当に建物の改修が決まりました。

その後、私自身は宮城を離れてしまったのですが、八木さんのご実家を地域の憩いの場として再生するプロジェクトは、他のスタッフが引き継いでくれて、その後、無事に「ゆめハウス」として、とても素敵な場所が生まれました。


ハビタットはその最初の一歩を少し後押ししただけ。実際に人を集め、運営して、素敵な場所に変えていったのは、八木さんをはじめとする地元の人たち、それを応援する様々な人たちです。
先日、横浜で八木さんが登壇するイベントがあると聞いて、(しかも東北の美味しいお酒とごはんもあると聞いて!)、ワクワクしながら足を運びました。

八木さんは今も、前に進むために懸命に働かれています。前に進むと言っても、ひとりで突っ走るのではなく、地元のおじいちゃんやおばあちゃんたちの手を取って、少しずつ少しずつ歩んでいる感じ。それをするために、見えないところで猛烈に事務仕事や様々な手続きをして布石を敷いておられると思います。数年ぶりにお会いして、たくさんお話しをしたら、八木さんが元気なことに安心し、そして私もまたパワーをいただきました。同時に、八木さんのお話しに出るのは、ニュースで見聞きするのとは違う今の女川の本当の姿。女川駅が再生し、立派な駅舎と温泉施設、海まで続く新しい商店街ができました。電車の運行も再開し、多くの人が足を運ぶようになりました。毎日のようにイベントが開かれ、観光客でにぎわいます。しかし、地元の人たちの心には、喜びと同時に、戸惑いもあるようです。めまぐるしく変わる街の変化についていくのは大変なことなのだと思います。

そんな女川の「今」を、現地で間近に見ながら、支援活動をしている若者がいます。ハビタットのキャンパスチャプター東北大学As Oneの代表を務め、その後、インターンとしてゆめハウスで働いている高田俊智さん。高田さんが、女川で過ごし、八木さんと働く中で感じている今の思いをおしえてくれたので、少し紹介しますね。

「八木さんと色々と関わってきて、学んだり、感じたことはたくさんありますが、一番良かったと感じているのは、『自分を叱ってくれる存在がいる』ことです。今までの大学生活で、肉親以外でそういう人はいなかったし、ましてや東北支援やそういう分野で意見をぶつけたり、しっかり甘いところ等を追及してくれる人がいなかったので、そこが最も良かったなと思うところです。」「女川に限らず、多くの被災した自治体に外部からたくさんの人や団体が入ってきていて、そこと元々いらっしゃった地域住民の方々とがうまくいってるところとそうでないところがあります。ただ両方とも、それぞれの『復興』を目指して活動していく上で大事なのは『だれもおいてけぼりにしない』ことだと思います」

災害後の支援においても、貧困解消を目指す国際的な活動においても、誰かのために何かするときには共通して大事なこと。それは、寄り添うこと、そして、誰も置き去りにしないこと。ハビタットで働く中で、それができているか、常に自分に問いかけています。八木さんや高田さんは、女川でそれを大切にし、実践しているのですね。高田さんのように、支援のバトンをつないでいる若者がいることは、ハビタットにとって大きな支えです高田さんは、女川での出会いがきっかけで、この夏はアメリカでの研修ツアーに参加したとのこと。

ハビタットの活動をする中で生まれた想いは、こうして、人から人へつながれていくのだな、と私たちを支えてくださるすべての方への感謝を新たにしました。

2016年8月2日火曜日

東北スタッフ便り(その34): 仮設住宅のお別れ会~支えあった5年~

未曾有の被害をもたらした東日本大震災が発生してから今年の3月で5年が経過しました。ハビタットも震災直後より緊急支援を開始。宮城県と岩手県に拠点を構え、約4年にわたり住民に寄り添い、一人でも多くの方が安心して暮らせる住まいを取り戻せるよう支援にあたってきました。

変わり行く現地のニーズに対応しながら支援を展開する中で取り組んだ一つが、今日、ここでお伝えする仮設住宅における支援。長期に及ぶ可能性のある仮設住宅での生活が少しでも健全なものになるよう、そして、住まいが明日への希望が見出せる場所となるよう、仮設住宅で物置をはじめ、ベランダやひさし、踏み台など、居住空間を改善するための物づくりをボランティアと共に行いました。

そして、仮設住宅での物づくり支援を開始した当初に出会ったのが、岩手県大船渡市三陸町越喜来に位置する杉下応急仮設住宅です。その仮設住宅も5年の歳月を経て大きく移り変わろうとしています。それに伴い、2016年7月24日、杉下仮設住宅のお別れ会が開催されることになりました。当時現地に駐在していたハビタット・スタッフ(小松さん)をはじめ、大変ありがたいことに、ハビタットもお別れ会にお招きいただきました。お別れ会に参加した小松さんがお寄せくださった寄稿を通じて、当日の様子をお伝えします。
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岩手県大船渡市三陸町越喜来の杉下応急仮設住宅で、仮設住宅のお別れ会が、2016724日に開かれました。杉下仮設住宅は、大船渡市にあった37の仮設住宅の一つで、2011年6月に開設、当初は84世帯が入居しました。

この日は、杉下仮設の自治会の主催するお別れ会で、かつての住民の方、現在の住民の方が一堂に集い、約5年にわたる仮設住宅にお別れをしました。会場は、被災し再建された三陸町公民館です。

はじめにこの大震災で亡くなった方に黙祷を捧げました。

続いて自治会長の鈴木さんが、「今日は、杉下仮設住宅へのお別れの会で、仮設住民へのお別れ会ではありません。1,000年に一度の大災害を共に乗り越えてきた杉下仮設住民の繋がりはこれからもずっと続きます。84世帯いた住民も、10世帯くらいが残りますが、その方たちも行先の目途がついてきました。そこで仮設住宅への感謝、支援をして下さった方への感謝をし、住民が一緒の時を過ごそうとここに集まりました。」と挨拶されました。

参加者は90名を越えました。山海の珍味のご馳走は、被災後再建された越喜来の嘉宝荘の料理です。会は午前11時からですが、ビールや酒が早くも振る舞われ、仮設住民が次々に思い出を語りました。「仮設住宅でお互いに声をかけあって、支え合ってきた。」「今は仮設を離れたが、皆で一つになっていた仮設の暮らしが懐かしい。本当にありがとう」と当時の思い出と感謝の言葉が続きました。そして「にいやのおっかあ」(当地ではみな屋号で人を呼びます)の歌が飛び出すなど、大いにもりあがりました。ハビタットで住宅支援した佐藤さんにもマイクが回りましたが、おしょっす(恥ずかしがり屋のこと)、の佐藤さんは、ひたすら逃げ回っておりました。

仮設住宅の支援員さん達が、何日もかけて準備した思い出の写真が、舞台上の大スクリーンに、次々と映し出され、盆踊りやカラオケ大会の動画も披露されました。地元の新聞、東海新報や、岩手日報、岩手めんこいテレビ、NHK釜石なども取材に来ていて、司会者の無茶ブリで、記者全員逆にコメントを求められ、それに会場から質問が飛び交うと言った塩梅でした。

宴会中も、「私はハビタットに住宅修繕の支援をしてもらいました。本当にありがとう。でもあなた私の顔を覚えている?」と何人もの方がわざわざ私のところに来て声をかけてくださいました。


宴もたけなわとなり、今日声をかけてもらった支援団体も順に挨拶しました。ハビタットにも順番が来て、声掛けしてもらった感謝、杉下仮設の初期の受け入れがその後のハビタットの活動の支えになった感謝、今は熊本支援で今日は1名のみしか来れないお詫びをお伝えしました。

やがて全員で一つの輪になって、桜音頭を踊り、お開きとなりました。「今のはリハーサル、これが本番」と、何度も踊りました。(桜音頭は、大船渡では結婚式などのお開きに踊る習わしです。)




注:大船渡市に37団地1801世帯あった仮設住宅は、平成30年度までに3団地464戸を残し、いったん解体集約されます。杉下仮設は、当面残る3つの仮設住宅団地の一つです。

2016年7月1日金曜日

今できること: 熊本地震写真展開催

ハビタット・ジャパンの学生支部(キャンパスチャプター)が活動する関西学院大学三田キャンパスで、熊本地震の被災地をうつした写真展が開催されました。写真展開催を企画したのは、キャンパスチャプターEco-Habitat関西学院に所属する石川さん。石川さんは震災から1ヵ月が経過した5月末の週末を利用して、ハビタットが支援に取り組む西原村でボランティア活動に参加しました。2日という限られた時間は貴重な経験になったと語る一方、もっと何かできないか、そんな思いから写真展を開催したと話します。石川さんが寄せてくださった写真展開催への思い、写真展の様子をご覧ください。

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 目的:キャンパスの学生だけでなく、自分たちも熊本地震に対して考える機会を作る
 開催期間:201662412:402016630日               
開催場所: 関西学院神戸三田キャンパス 

528日から29日にかけてハビタットが呼びかけた西原村での短期ボランティアに参加しました。緊急支援としてのボランティア活動には参加したことがなかったので、被災した直後の被災地を訪れ、そこで活動できたことはとても貴重な経験になったと思います。 (5/28-29で行ったボランティア活動の様子はこちら

  ですが、二日間の間で自分にできたことは限られていたように感じました。避難所での生活を余儀なくされている方々、身寄りがなく被災した家の片づけをしなければいけない方々とお話をし、住宅再建に関する広報物をお渡ししても、何か直接的な支援ができないもどかしさのようなものを覚えた自分がいました。その感情からか活動を終え、関西に戻ってから、今の自分に何ができるのかを考えました。そして、活動中、避難所での生活の大変さや支援物資の多さなど、直接目で見て感じることが多かったので、熊本地震で被害を受けた被災地の現状に触れることができる機会を作りたいと、今回の写真展を開催することに決めました。

  写真展には熊本でのボランティアに参加された学生や、九州出身の学校の職員、阪神淡路大震災を経験された市役所の方が来てくださいました。足を運んでくれた総合政策学部の水田さんは「僕自身も、6月に益城町の方へボランティアをしに行かせてもらい、そこで継続的支援の難しさを痛感しました。写真展では、実際に現地に行ってない方でも、現地の当時の様子や、自分に何が出来るかを考えさせられる内容だったと思いました。僕自身の中でも、継続的支援の中に写真展を開催することも、含まれているように感じ、ぜひ、今後も自分の力が支援に繋がる活動であるなら積極的に参加してみたいと感じました」と語ってくれました。

益城町と比べると、活動した西原村はニュースで取り上げられることが少ないように思います。この写真展開催が熊本地震に対して、また西原村に対して一人でも多くの方に関心を持つきっかけになっていただけたのであれば幸いです。最後に、準備期間も短い中でしたが、エコハビのメンバーからのご協力もあって、写真展を開催、そして終えることができて嬉しく思っています。ご来場して頂いた方々、並びに、運営を手伝っていただいた方々本当にありがとうございました。



2016年6月6日月曜日

熊本の被災地から: 若者への期待


5月28日から29日にかけての週末、ハビタット・ジャパンの学生支部に所属するメンバーを中心に、ハビタットが支援を続ける西原村で総勢14名がボランティア活動にあたりました。OBOGにも参加を呼びかけたところ、関西学院大学上ヶ原ハビタットを卒業された張谷さんも活動に参加してくださいました。今回の活動にあたり感じた事、そして現在全国で活動するキャンパスチャプターに所属する学生への思いを次の通りレポートにまとめてくださいました。
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今回のボランティア活動には、友人の紹介で参加を決めました。連日報道される被災地の様子などを見て、自分にも何か出来ないか日々悶々としている頃に友人からの紹介がありました。

雨天のため、当初想像していた瓦礫の除去などの活動とは異なり、西原村にある数ヶ所の避難所を尋ね、情報の伝達を行うなどといったお手伝いをさせていただきました。実際に避難所に伺うことで、物資にしても何が必要で何が足りているか、そして、ボランティアに今後期待することは何か知ることが出来たと思います。


あくまで避難所での活動ですが、そこで生活されている方々(とりわけ子供やお年寄り)とコミュニケーションを取ることができました。役所の方によると、我々の様に外部から来た人間との交流は被災された方々にとって刺激になるといいます。また以前、東北でのボランティア活動で伺った話ですが、子供が笑顔になると大人は安心するそうです。例えば子供にお風呂掃除を手伝って貰い、一緒に作業することを通して交流を深めたい。子供や若者の力で、被災地を活気づける活動が、今求められているように感じました。


どんな活動を通して交流したいか、そして被災地を元気づけることができるのか。今まさに沢山の経験をしているキャンパスチャプターの方々にアイデアを出して貰えたらと思います。2日間を共にしたキャンパスチャプターの方々は自分の意見や考えがあり、自主性を持って活動されていました。活動を通して吸収した多くのことを外部に発信して欲しい。アイデアを形にして実行し、それを外部に発信する。そうしてボランティア活動に継続して携わることが、復興への一助となると思います。


※右上、ハビタット・スタッフ(女性2名)のお隣にいるのが張谷さん
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張谷さん、レポートありがとうございました。張谷さんと活動を共にした関西学院大学、Eco-Habitat関西学院のメンバーは、キャンパスに戻り、熊本で見たことを伝えるために写真展の開催を決めました。ハビタットは熊本支援にあたる期間、引き続き学生支部のメンバーを中心に、ボランティアと共に被災地での支援に取り組んでまいります。

◆5月28日-29日の活動報告はこちら

2016年6月1日水曜日

熊本での活動~他者に寄り添う心~

こんにちは。ハビタット・ジャパンでインターンを務める村田です。5月21日から22日にかけての週末、立教大学eddyに所属し、ハビタット・ジャパンでインターンを務める米田君が、就職活動の合間を縫い、被災地でのボランティア活動に参加してくれました。そんな米田君に被災地での活動、そして感じた思いなど、お話を伺いました。


「何かお困りのことはありますか」 ハビタット・ジャパンが運営をサポートする西原村災害ボランティアセンターのパンフレットを手に、一軒ずつ被災されたお宅を回り、ニーズ調査を行うこと、そして情報提供を行うことが主な役割でした。お宅を回る中で、その場で困っている方がいれば、ゴミ出しや家財の搬出などのお手伝いも行ったそうです。※21日-22日の詳しい活動報告はこちら

「自分自身、子供のころ新潟中越沖地震で被災した経験があります。地元が被災した中で、復興を目指しボランティア活動にいそしむ父の背中を見てきました。だからこそ、熊本地震の被災地で、自分に何かできるのであれば力になりたいと思った」参加した理由を、米田君はこう話してくれました。

今までもキャンパスチャプターの活動を通してさまざまなボランティア活動に取り組んできた米田君ですが、今回の活動では、被災されたご家族のニーズに直接応えるボランティア活動ではなく、住民のニーズを聞き取ることでボランティアを派遣するためのお手伝いをすることができたと話します。住民のニーズをボランティアとマッチングさせるボランティアセンターが担う役割、その苦労を知ることができたと共に、米田君にとっては、ある種のもどかしさを感じる機会にもなりました。

支援を求める住民、支援に手を差し出すボランティア、そしてニーズをマッチングさせるボランティアセンター。被災地では限られた人員、そして日々変わりいくニーズに、住民の方が求める支援を十分に届けることができていないのでは、という思いを抱いたそうです。
何をどこまでボランティアに任せていいのか、不安に感じる住民。限られた人員でニーズ把握に取り組むボランティアセンターのスタッフ。マッチングが合わず帰らざるを得なかったボランティア。ボランティアセンターでのお手伝いを通して、こういった現状があることを知れたと言います。


また、「建築士などの専門家に自分の住宅の被害状況をきちんと鑑定して欲しい。」そう声を漏らす住民を目の当たりにし、無力感も感じた米田君。しかし、「役に立ちたい、復興に向けて共に力を合わせたい」そういった気持ちを見せることで、被災した方に寄り添うことができたと話してくれました。

「今まではボランティアを行う立場だったが今回の経験を通して、様々なアクターの気持ちに気づくことができた」そう話す米田君は、将来、支援を必要とする場において、様々な立場の人が100%の力を発揮していける関係を構築できる人材になりたいと、希望を語ってくれました。


ハビタット・ジャパンでは、若者のボランティア活動を通して、社会に貢献できる人材の育成を目指しています。

2016年5月31日火曜日

熊本での活動 ~ボランティアを支えるということ~

こんにちは。ハビタットで広報インターンを務める村田です。熊本県や大分県などの地域を度重なる大地震が襲ってから、1ヵ月が経過しました。ハビタットは熊本県阿蘇郡西原村災害ボランティアセンターでの運営サポートに加え、学生支部のメンバーを中心に若者が被災地でボランティア活動を行えるようサポートし、住民に生活、そして住宅再建に関わる情報提供を行っています。学生支部の一つ、武蔵大学A't に所属する4年生、室田さんは、長期ボランティアとして、5月13日~19日に西原村で支援活動にあたりました。そのときに感じたことや、伝えたい想いを以下にまとめています。是非ご覧ください。
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みなさんはボランティアをしようと思った時、何を一番に思うでしょうか?

「限られた時間を有効活用したい」「私たちだからこそできることを最大限してあげたい」「私たちは現地に何を残すことができるか」このような言葉を、これまでの様々な活動を通して仲間の口から何度も聞きました。このように考えることは、ボランティアをする上ではごく当たり前であり、大切なことだと思います。そして私自身も幾度となく感じてきたことでもあります。しかしその一方で、そのような思いが強すぎてもいけないのだということを私は今回の経験を通して痛感しました。就職活動中の身である私にとって今回のボランティア活動に際し、長期で現地に入ることは大きな賭けでしたが、行かなくて後悔することだけはしたくないと思い募集がかかってすぐに行くことにしました。現地で過ごした1週間はめまぐるしく過ぎていき、一日を振り返る余裕すらありませんでした。しかし、チームとしてではなく個人として沢山のことを考え、吸収することができたことはなかなかできない経験であり、今も強く私の中で生きています。

まず一番に伝えたいことは、現状を理解してボランティアセンターなどの運営ができる人があまりにも少ないということです。そのような人が被災者のニーズをくみ上げてボランティアに訪れる人々をある意味で「ご案内」する体制が整えなければ、支援は全く進んでいきません。つまり、短期でボランティアを行いたい人はしっかりと自分たちの情報を伝え、ルールや状況を把握し、スムーズに「ご案内」してもらえるようにしなければなりません。そしてこのように運営している人がいなければ何も出来ないということを理解しなければならないのです。時には人手は足りないのに、上手く作業を振ることができず午前中でやることがなくなってしまう人もいます。そういうときに、先ほどあげたような思いを強く持っていればいるほど、「なぜもっとやらせてくれないのか」「もしかしたらボランティアは足りているのかも」と思いがちです。

最後に。あれほどまでに人々の温かさが集まってできた空間で過ごせることは後にも先にもないように思います。とても人生において素敵な時間をありがとうございました。

2016年4月9日土曜日

「Osaka Walk」:大阪市内を練り歩く若者たちは、一体何者?


4月2日、約4カ月にわたり若者が主役となり取り組む「Habitat Young Leaders Build(HYLB)」が閉幕しました。関西の学生支部(キャンパスチャプター)ではHYLB閉幕イベントとして、3月27日にチャリティウォークを企画・開催しました。このチャリティウォークには33名が参加し、5.5キロほど大阪市内を歩きました。募金に協力してくださった方は60名以上。合計15,363円を集めることができました。企画に尽力したメンバーの一人で、キャンパスチャプターとして活動する立命館大学TOMSAWYERの2回生、永田哲也さんが企画実施にあたって抱いた思いを綴ってくれました。
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大阪の人々にハビタットの活動を少しでも知ってもらう、興味を持ってもらう、これを目標にかかげ取り組んだHYLB。「いつもとは一味違った広報活動で、自分たちも楽しめる企画を作りたい」、そう意気込み、どのようにすればより大阪の方々が目をとめてくれるのか、看板づくりや募金を集める際に伝えるメッセージ、メンバーの服装など、ひとりひとりが意見を出し合って企画を考えました。

当日、桜がきれいに咲いた大阪を舞台に心斎橋、大坂城、長居公園、京セラドームの4つのグループに分かれ、駅前などを中心に募金活動、そして各グループがゴミ拾いをしながら歩いてゴール地点である通天閣を目指しました。

雨の心配もしていましたが、青空のもと参加メンバーが無事に募金活動、そして清掃活動を終え、通天閣に集合することができました。メンバーからは、「達成感を感じた」、「思ったより多くのゴミに驚いた」、など新鮮な意見を聞くことができました。



募金をしてくださる方はもちろん、どういう活動をしているのか尋ねてしてくださる方やビラを受け取ってくださる方、「頑張ってね」と声をかけてくださる方、ひとりひとりが私たちの力となりました。これらの反応は私たちの思いが伝わった証拠でもあるので、本当に感謝の思いがつのりました。大阪という場所でこの企画を実施したことによって、住民の皆さんと私たちが繋がり、私たちを通してボランティアが身近にあるということを感じてくれたのではないかと思います。


こうして支援の輪が広がっていくのではないかと改めて実感した私は、もっと多くの人に私たちの活動について知ってほしい、と思うようなりました。実際にこのようなイベントを企画したことで、自分たちの思いを伝える難しさを体感することができました。今回の企画を通して学んだことをこれからの企画にも役立て、より多くの人が興味を抱き、ハビタットの活動を通じて一緒に取り組める貧困問題があることを知ってもらいたいと思いました。




これからも募金活動、広報活動など、さまざまな企画を作り上げていく予定です。この企画に協力してくださった各キャンパスチャプターのみなさま、大阪のみなさま、本当にありがとうございました。